「にほふ」ということ

「匂ふ」という言葉は、今は完全に嗅覚表現になっていますが、古くは、視覚に用いられていたということ覚えておいででしょうか(受験期のことを)。「角川全訳古語」を引いてみますと(ちょっと宣伝)、①美しく映える色。美しい色つや。②きわだった美しさ。つややかな美しさ。…と続きます。

もちろん、平安時代になりますと嗅覚表現にも用いられるようになります。源氏物語の中には180例中70例が既に嗅覚に関して「匂ふ」が用いられています。でも、第一義的には「匂ふ」は映える美しさについていう言葉だったのですね。

もう少し大きな辞書をひいてみると
「②(色だけでなく)対象からほのぼのと感じられる魅力。
対象が周りに発散している美的な情調
と見えます。この定義、とてもよく説明されていると思います。対象が周りに発散している美的な情調。これが「匂ひ」ですね。

今でもこの「匂い」を感じることがあります。匂い立つような美しさ、などと言いますね。これは多分、写真では分からない領域なのではないかと私は思います。写真や画面で見ていたときには分からない、その人の発している「情調」。もしかして腕のいい写真家とかなら、それを写し込んだり出来るのかも知れませんね。でも普通は近くに行ってみないと分からないことでしょう。

もちろん嗅覚の「匂い」も大事です。香りを選べば、それは自分の表現にもなって。しかしもっとその人の全体を感じる、何か、それが「匂ふ」ですね。そしてそれはPCや携帯ごしでは受け取れない、温度に似たものを伴ったもの。
それは当然のことながらすごく大事だと思いませんか。

好きな「匂ひ」の人と一緒にいるとよさそうに思います。

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